出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/03/10 08:45 UTC 版)
患者への説明と同意
検討結果は原則としてすべて患者本人に伝えられる。患者はその情報をもとに、どのような手術を受けるのか、あるいは別の治療法を希望するのか、自らの意志で選択することが求められる。近年日本でもインフォームド・コンセントの概念が普及し、治療方針については患者自身が十分に納得の上、自らの意志で最終決断を下すことが望ましいとされている。他の医師の説明が聞きたい場合にはセカンド・オピニオンを求めることも一般的になりつつある。
手術の流れ
術前管理
手術に際しては安全性を高めるため、可能な限り全身状態を良好に保つことが必要である。近年白内障手術や腹腔鏡下胆嚢摘出術など比較的侵襲の小さい手術においては日帰り手術が行われているが、原則的には手術以前に入院のうえ、全身状態の管理を行う。
- 手術侵襲に耐えられる全身状態を維持
- 自己血の貯血(手術時に輸血が必要なことが予めわかっている場合、手術の2 - 3週前に患者自身の血液を採取し、輸血用血液として使用することがある。自己血輸血を参照。)
- 手術に悪影響を及ぼす薬の一時中止、他剤への変更
術前計画
手術を行う医師、術中全身管理を行う麻酔科の医師、手術に関わる看護師らによって患者と手術に対する評価が行われ、周術期管理計画が立てられる。
術前処置
全身麻酔が予定されている場合は、麻酔導入時の誤嚥を予防するため、手術前の一定期間は絶飲食となる。また腸管内の清浄化を目的に下剤が投与される。手術部位の剃毛がかつては行われていたが、剃毛により皮膚感染が増加することが明らかになり、一部の例外を除いて現在では行われていない。手術室へ入る直前に、気道分泌の抑制、鎮痛、手術に対する緊張の緩和を目的に、抗コリン薬、鎮痛薬、鎮静薬が投与される(これらを前投薬と呼ぶ)。最近では、なるべく行わない方向へと進んでいる。
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入室
一般に日本の手術室は中央集中型であり、欧米のようにそれぞれの診療科に手術室セクションがあるのではなく、中央手術部として一カ所にまとめられている。
手術室に入室する際は外界からの付着菌等をなるべく少なくする目的から、スタッフは手術着に着替え、靴を履き替え、帽子とマスクを着用する。手術着の色は術野の赤色ばかりを見て色残像が生じることを考慮して一般に「緑」ないしは「青」がほとんどである。
患者は病棟のストレッチャー(担架)から手術室内のストレッチャーへ移し変えられる。
なお、手術室のことをアメリカ英語の operating room からその省略形であるOR(オー・アール)、あるいは、日本語との混交で「オペ室」と呼ぶ場合がある。また、ドイツ語の Operationssaal を省略して「ザール」と呼ぶ場合もある。
麻酔
執刀に先立って麻酔が施行される。麻酔の主な目的は、有害な反射の抑制と疼痛のコントロールであり、麻酔担当の医師が術者とは別に付くのが原則である(局所麻酔の手術では術者が麻酔管理を兼ねることもある)。手術において麻酔担当医は患者の全身状態を管理しており、呼吸・循環の管理から体温の調節、薬剤投与、輸液の調節、出血量の監視、輸血に至るまであらゆる処置を一手に担う。また必要に応じて術者にもこれらの情報を提供し、安全な手術が行えるようサポートする。
麻酔には局所麻酔(浸潤麻酔・脊椎麻酔・硬膜外麻酔)と全身麻酔があり、目的により選択される。
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- 局所麻酔:体のある部分のみに効く麻酔。通常は神経の伝達を遮断する薬剤が注射される。目的の部位に直接麻酔薬を注射する(浸潤麻酔)こともあれば、目的の部位を支配する神経に麻酔薬を効かせる(伝達麻酔)こともある。
- 全身麻酔:全身に効く=意識がなくなる麻酔。通常は鎮痛・鎮静・筋弛緩の3つを得る麻酔を指す。麻酔をかけられるとまず意識がなくなり、やがて自発呼吸も止まる。すると麻酔担当医によって気管内挿管され、人工呼吸器に接続される。手術中は継続的に薬剤が投与され、麻酔が維持される。
手洗い・ガウンテクニック
外来菌による感染を防ぐため、手術は無菌の領域(清潔野)を形成して行われる。手術操作に関わるスタッフも清潔野に触れる部分(上肢・前胸部・腹部)は無菌でなければならない。そのため、術者である医師、助手を務める医師、手術介助(器械出し)の看護師等全員が、手ないし腕の洗浄を行い、滅菌ガウンを着用し、滅菌手袋を装着する。
まず、指先から肘に至るまでを滅菌水と消毒液を用いて念入りに洗浄する。この行為は一般に「手洗い」と呼ばれる。手洗いの目的は、手指に付着している病原菌の除去である。手洗いの仕方は各施設ごとに若干個性があり、古典的には滅菌ブラシを用いた擦り洗いであるが、皮膚保護などを理由に簡便な揉み手洗いを行っている施設もある。
手洗いの後、滅菌されたガウンを着る。「手洗い」した手が再び汚染されないように、介助者の手を借りて着用する。その後に滅菌手袋を装着する。手袋には一般手袋とヨード配合の抗菌手袋が存在する。
麻酔管理の医師や、外回りの看護師、ME(臨床工学技士)等は清潔野に直接関わらないため手洗いは行わない。
消毒・清潔野形成
切開を行う部位を中心に、ポビドンヨードないしはアルコールによる十分な消毒が行われる。消毒が終わると、消毒した部分の周囲を滅菌されたシーツで覆い、清潔野を形成する。
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執刀
こうして手術を行う環境が整ったら執刀が開始される。執刀に参加する医師は、一般的な開腹や開胸手術の場合は3 - 4人程度である。大学病院や大病院であると4 - 5人程度、人手の少ない病院だと2人で行うこともある。また手術介助の看護師が参加する。
まず術者(執刀医)によって皮膚にメスが入れられる。術者は術前の計画に沿って手術を進行する。実際の所見が術前の予想と異なる場合があり(がんが予想より広がっていた、など)、術中の判断で計画が変更されることもある。ただしこの計画変更については患者にあらかじめ可能性として説明されていることが望ましい。術中に偶然発見された全く別の疾患については、たとえ医学的に妥当性があったとしても、本人(もしくは代理人)の同意なしには治療を行うべきでないというのが2007年現在主流の考え方である。しかし、一般的には多く行われ事後同意という形式を取っている場合も多い。
手術操作終了後、術後の癒着防止、細菌や遺残癌細胞の除去などを目的に、温かい生理食塩水による術野の洗浄が行われる。また切開創の直下は術後高頻度に癒着を起こすが、主に繰り返し開腹を行う可能性がある帝王切開などで癒着防止のシート材が使用されている。創を閉鎖する前には、手術で使われた器具やガーゼ、針などの体内遺残を防ぐため、主に手術補助の看護師によって入念な数合わせが行われる。これが合わない場合は創を閉鎖せず、体内に遺残物がないと確認できるまで探し続けるのが原則である。また人的ミスも考慮して、術後すぐに手術部分のX線写真を撮影し、遺残物がないか確認することも多い。
創閉鎖後、滅菌シーツが取り外され、麻酔薬の投与が中止され、患者は麻酔から回復する。
術式の決定
手術後に最終術式が決定される。
術後管理
術後、手術のダメージから回復するまで治療は継続される。手術創の処置が行われ、点滴や投薬で全身状態の改善が図られる。術後合併症の予防には細心の注意が払われるが、不幸にも発症した場合には対症療法が行われる。
手術の器具
手術器具は診療科により、施設により、さらには術者により多彩を極め、その呼び名も様々である。ここでは最も基本的な器具につき解説する。
- メス:手術といえばメスというくらい認知度が高い器具だが、実際には皮膚を切開する際に用いる程度である(手術のほとんどは電気メスを用いる)。大小様々な形状のメスがあり、術者の好みにより使い分けられる。先のとがったメスを尖刃刀と呼び、刃の丸いメスを円刃刀と呼ぶ。
- 電気メス:高周波電流により組織を焼き切る機器。止血と切開が同時にできるので最も頻繁に使われる機器である。そのほか、刃先の微振動で切る超音波メスや、医療用レーザで焼き切るレーザメスなどがある。
- 剪刀(せんとう):はさみのこと。刃先の曲がった曲剪刀が好んで使われる。切るだけでなく、組織をはがしていく剥離操作にも活躍する。代表的なものはクーパー剪刀、メーヨー剪刀、メッツェンバウム剪刀など。
- 鑷子(せっし):ピンセットのこと。把持する組織に合わせて様々な形状の鑷子があり、呼称も様々である。スウェーデン鑷子、ドゥベーキー鑷子、アドソン鑷子、マッカンドー鑷子など。
- 鉗子(かんし):組織を把持する器具。はさみのような外見で、手元にストッパーがついており挟んだままにできる。挟む、牽引する、つぶす、開く、すくう、遮断する、など様々な用途に用いられる。コッヘル鉗子、ペアン鉗子、ケリー鉗子、モスキート鉗子、アリス鉗子など。
- 針:糸をつけて縫合に用いる。通常は弯曲のついた曲針が用いられる。縫う組織によって大きさ、太さ、弯曲具合、断面の形状が異なる。一般に腸管等の組織結合には丸針、皮膚縫合には角針を用いる。裁縫の縫い針のように糸を通して使うものや、針のうしろに糸が付いている針付き縫合糸がある。
- 持針器(じしんき):針を持つ器具。組織を縫い合わせる時に用いる。マッチュー持針器、ヘガール持針器など。
- 鉤(こう):先がカギ状に曲がっている器具。組織を引っかけて牽引するのに用いられる。筋鉤、神経鉤、腹壁鉤(ザッテル)など。
- 開創器(かいそうき):手術創を広げておく器械。
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